波が、引く。
命の波が。
肌で感じるこの好機の中、追い詰め、逃げる影をひとつも逃すことなくその体を木遁で引き裂いた。
迸る暗い幹と、枝とのその向こうの空間。
走る先には無限の大地が広がっているのに、彼らの生還は絶望的だ。
耳にいつまでも残るような蒼い光を集めた腕は、残像だけを僕のこの目に焼きつけて、消える。
闇の中、銀色の髪がきらりと光った。
麻痺した己の鼓膜が心地よくて、うっすらと笑う。
僕は、僕の都合だけの話で、闘いの名残である残響さえ残さないカカシ先輩が好ましかった。
「テンゾウ…」
「何ですか」
「無残に、殺しすぎるんじゃないの…」
そのご高尚な精神さえなければ。
僕は木遁に引き裂かれ、悲鳴を上げる間もなく裂け散った肉塊を無感動に見つめた。
「苦痛が長引くよりましでしょう」
「……でも、これじゃあ」
言いかけて口をつぐんだ先輩は、僕達が築いた人と認識できなくなったその結果をちらりと目の端に捕らえて不自由そうに立ち尽くした。
その死体を『誰』が見る。
先輩の言葉は、僕とはかけ離れたまともな前提。死に行く者より、それはむしろ。
「じゃあ先輩」
その隙に乗じて先輩の髪をつかみ、地面に引き倒した僕は、驚きの視線を受けたことによって腹の底に溜まった苛立ちが相殺されていくのに気がついた。
「僕に『悲鳴』を聞けって言うんですか」
「なに?」
下から鋭く飛んできた蹴りを押さえつけて、暗く高揚する己に笑いがこみ上げてくる。
綺麗で澄ましたその貌を、歪ませることができたらどれだけ愉快だろう。
殺し合いの相手にさえ情けをかけるお優しいその唇から、彼の人生そのものを否定するような悲鳴を聞けたらどれだけ興奮するだろうか。
「いい加減にしろよ、お前」
どこまで。
「僕も、綺麗で強いアナタを汚したがってる下衆な男達と同じだ」
自分の価値と尊厳を、他人に最後まで踏みにじられたことのない先輩が。
「テンゾウ!」
聞かせてみせろ。
生きて足掻いた証を悲鳴で。
僕の。
記憶の中の声まで全て。
PR