ご無沙汰してます。
「何もないよりはマシ」な程度のちょろ書きですみません。
素直に考えるとテンゾウの誕生日って私的にはこういうイメージみたいです(ある意味で先輩と少し同じ)。
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稼いだ任務料を一体何に使っているのか。いわゆる浪費や贅沢をしているところなんて見たことがないのに、日頃から財布の紐が堅すぎるカカシ先輩がしれっと意外な台詞を吐いた。
「今日誕生日だろ、テンゾウ。何が欲しい」
知らないはずはない。あの時のやりとりをまさか忘れているわけじゃないだろうに、その白々しさはいっそのこと清々しいほどだ。
僕は先輩の真意を測りかねて沈黙した。
記憶の濁流は、心の奥底に封じ込めた不本意な感傷を呼び覚まして刺激する。
引き千切られた管。
白いシーツに知らぬ間に存在していた多量の血痕。
色素の薄い髪。出逢った瞬間に突如膨れ上がった感情に戸惑い、そして「彼女」に伸ばされた己の腕。
鼓動。初めて意識した己の鼓動。
嬲り殺しにされた、少女の穢れた太腿。
先輩の、僕を見つめ返してきた真っ直ぐな眼差し。
…ああ。多分僕は、妙なことばかりを鮮明に覚えている。
「テンゾウ」
「はい」
面影なんて、何一つ覚えてない。
研究所に監禁されていた誰かと、あの下忍の少女を重ねたわけじゃない。
でも僕は、どんな無理を押してでも、あの時あの少女を助けたかった。
そして意味のないことに執着する滑稽な自分を嗤うために、僕は先輩に八つ当たりとして真実の一片を吐露したはずだ。
何一つ正式な記録のない僕の『誕生日』は、研究所から瀕死の状態で助け出された日で。
お前はあの日生まれ変わったんだ、生まれたんだ、と。事後処理に関わった里の誰かに他人事の気軽さで定められた日に過ぎなくて。
何より僕のものでない細胞の記憶と感情が、僕の担当医として急遽呼び戻されたという豪快な医療忍を『視た』瞬間に膨れ上がってどうしようもなかったこの躯の。
すべての感情の結果が、僕が二度目に『生まれた』日に無力な少女が理不尽に惨たらしく死ぬことを拒絶していた。
でも、結局のところ、それはただ目の前で僕が『それ』を見たくなかっただけの話だ。
何かを欲しがる気分になる日じゃないです。
そんな憂鬱な言葉で先輩の眉を曇らせたくなくて、返事を保留したまま僕は曖昧に微笑んだ。
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隊長、誕生日おめでとう~!って、祝ってないよ!的な内容ですまん!(うわあ)
「振られた」
忙しなく見えないよう気をつけながら徳利を傾け誘った理由を簡潔に告げたら、律儀な後輩は一瞬驚き顔を曇らせた。
そして、はは、と演技のような渇いた笑い声を漏らし、
「僕が女だったら、先輩の足に縋り付いてでも別れないのに」
冗談に紛らわせ切れない視線を俺からそらした。
寂しい声だった。
気づいている。
俺も寂しくて、お前も寂しい。
――どうしよう。
治療室の前。あの時、彼女はこの世でただ一人きりだった。俺のすぐ隣で俺の答えなど求めていない、孤独の中でつぶやかれた声を思い出し噛み締める。
混乱と涙で呼吸困難に陥りながらくのいちの名を繰り返し呼ぶ、痛ましいその細い肩を慰めようと抱いたら、何を否定したかったのか彼女は頭をふって俺の手を拒絶した。
ああ、と今まで見過ごしてきた些細な現象がひとつの結論を導き出した時、彼女に対して何も与えてやれない俺はただ俯いた。
俺も彼女と同じ。
理由は違うが、告げるつもりがないのは、同じ。
気づいてみれば単純な話だったのに、どこまででもテンゾウを試す己の声を、俺はどこか遠くで聞く。
「女のお前を想像したら恐いよ。何か背筋がぞくぞくする」
「酷いなぁ。『お前はかわいい後輩だよ』なんてこき使ったりするくせに。あれはやっぱり嘘ですか」
「違う意味でかわいいじゃないのお前は」
「どういう意味ですか、それって」
憤慨したように振舞う態度の奥底の、微妙に揺れているテンゾウの慎重さが心地いい。俺達の関係の変化を探りつつも、崩すまいと気を配るその臆病さが。
俺も俺だ。逃げの姿勢で安全圏を確保しておきながら、なのにその正反対の熱情を引き出したいとどこかで焦れている。
この秘めた獰猛さが果たしてこの後輩に貪られたい願望なのだとしたら、なんと自分は自虐的な男なことか。
はぁ、と勝手に観念したテンゾウがため息をつく。
「僕は、先輩の『猫』だからなぁ…。あ、犬のが先輩はお好みですか」
犬のが先輩は興奮しますか。
なんて、逃げを許さない目つきで追い詰めてくれたらいいのに。
それでは優しい冗談に笑うしかない。一番欲しいものに手を伸ばしてはいけないと、戒める過去を自分から放棄することができない。
あの後、一命を取り留めた想い人に、それでも彼女はその想いを生涯告げることはないと寂しく微笑んだ。
そして、俺への友愛も、生涯変わることはないと。
「友愛。友愛か」
「先輩?」
「俺も、お前への友愛は、生涯変わることはないよ」
「…やめてください」
反射的に硬い声を出したテンゾウは、その不自然に強硬な態度を後悔したのか「どうしたんですか。変ですよ先輩」と女に振られたばかりの俺に愚かな問いをした。
そう、嘘だ。
嘘だよ。
そんなことを言うのなら、俺にだってテンゾウがいるじゃないか。
彼女の、ではなく、俺の真実を暴き出されたことに打ちのめされながら。
実は咄嗟に、そう思った。