カカシと遊女の会話。
使えるうちは、大門の中に閉じ込めて、囲って。
その世界に染め、縛り。名誉欲や、甘い思想や報酬でたぶらかして。
修羅道や苦界に身を置けば、主な仕事が殺しか享楽の違いはあれど、根本の所は同じだと。
俺は、横になって、遊女の膝の上に頭を乗せ、酒に酔ってまどろむふりをしていた。
行灯の炎だけが揺れる仄暗い郭の一室で。
忍びの耳は、こんな時も程近い部屋での押し殺したすすり泣きや嬌声を拾ってしまい、静かに、ゆるやかに、雄の部分は興奮する。
そんな己を厭う白けた気分と、密やかな堕落の気持ち。そして、それが許されるこの場所に浸ってしまえばいいという奇妙な安寧感。
脳裏をちらと過ぎるのは、ここへ来る遠因となった、思考から振り払いたかったあの後輩の眼差しだ。
だが。
本能を戒める理性を少しゆるめてみれば、心と体は別物だと。
この女のことは、存外気に入っている。
無口で、余計なことは言わない。
艶めいた、そのくせ意味のない微笑の下に綺麗にしまい、心の動きを見せない
最初は他国の忍びの可能性も考えた。
だが、所謂お大尽方が通う大見世の女郎達とは違い、昼見世で半籬になっている格子の中に並び座り、こうして茶屋の仲介もなく素上がりも許す女だ。
美しいが、郭育ちではないらしい。禿の頃からの生え抜きではない。つまりは、そういうことだ。遊女として大成するには、素質の割りに条件の悪い女。
遊郭に足を踏み入れておいて、面倒は好かない俺には都合がよかったが。
恋も愛も偽りなのに、全てが本物のように思わせぶりに遊ばせる空間で、俺はその遊びを隠れ蓑に、忍びであるときはと違う方法で、心を装う。
「ねぇ……」
やや投げやりな己の声は、内容だって酷いものだったのに、耳にはとても、優しく聞こえた。
「俺のかわいい後輩、骨抜きにしてくれない?」
女は表情を変えず、俺の銀の髪を撫でている。
「真面目なヤツなのよ。息抜きなんて知らないみたいにいつも目に力入ってるし、態度は愛想ないしあんなんだけど、従順だし」
女に語っているはずなのに、つかの間、誰に語っているのかわからなくなった。
「何故だかね。俺の……手の中で飼っておきたいのよ、あいつを」
あいつの、テンゾウの視線が、俺以外の人間に注がれた瞬間を思いだす。
健康な肉体を持つ男と女の。
仲間同士の絆が時にそれ以上の感情になっていくのを、俺は目の前では見たくないらしい。
だから。
「手練手管。簡単でしょ?」
見せ掛けだけの、遊びの恋なら。
気まぐれで済ませたかったんだ。
先輩の、酔狂。
間接的かつ、卑怯な誘惑。
果たしてそれが野暮な本気の意味を持っていたなんて。本当はそれが独占欲だっただなんて。俺は『自覚』なんてないよと、どの時点で追い詰められたって、白を切り通すつもりだ。
俺は、瞳を閉じて、女の股に顔を埋める。
女は。
静かに顔を傾けて、俺の様子を窺い見て。
少しは空気を震わせて微笑んだのかもしれない。
衣擦れの音が空気を揺らし、着物に焚き染めた遊女の香が、ふわりと漂った。
女は、何事もなかったかのように、また、俺の髪を撫で始めた。
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